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zoom RSS 白洲次郎 《その3》

<<   作成日時 : 2009/10/06 02:02   >>

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神戸一中時代、手が付けられなかった不良少年は、

イギリス留学、滞在の9年の歳月で、

個人主義や自由主義の思想、

そして英国紳士の持つ真のジェントルマン気質を叩き込まれ、

外見はもとより、精神面でもダンディな人物になっていきます。

「日本は戦争には負けたが、奴隷になったわけではない」と、

占領下にあってGHQと互角に渡り合う白洲次郎は、

この時期に形成されたといっていいでしょう。


1925年にケンブリッジを卒業した後も、

引き続きイギリスで学問を続けていた次郎も、

父の経営していた会社が、昭和金融恐慌のあおりを受け倒産し

1928年に、突然日本へ帰国せざるをえなくなります。

そして、帰国後の次郎は、

自分の人生に転機をもたらす友人と親交を深めていきます。

まず、千代田火災、日本航空などの重役を歴任し、

貴族院議員も務めた樺山愛輔を父に持ち、

次郎と同じ理由でアメリカから帰国せざるをえなくなった

樺山丑二(かばやまちゅうじ)。

その丑二から、一人の女性を紹介されます。

彼女の名前は樺山正子、丑二の妹であり、

後に次郎の妻となる人です。

丑二は、時代を読む目を持ち、

自分の意見を率直に語る白洲次郎という男を高く評価し、

彼が無職であるにもかかわらず、妹正子を嫁がせようとしたのです。

そして、丑二の仲介によって

昭和4年次郎は、丑二の妹=樺山正子と結婚します。

樺山正子は、姓が変わり白洲正子・・・

そうです、作家・随筆家として数多くの著作を残している白洲正子です。

世間一般では、夫の次郎より知名度が高いかも知れませんね。


結婚後、英字新聞の記者、貿易会社と転職した次郎は、

日本水産の前身である日本食糧工業の

取締役外地部部長という職に就きます。

彼が日本水産に招かれた理由は、

日本やヨーロッパ経済界の要人に知人が多く、

日本水産を軌道に乗せるためで、

次郎は滅多に会社へ顔を出すことはなく、

ほとんど海外に出かけていたそうです。

そして、仕事でイギリスに滞在する際、

彼が決まってホテル代わりに利用したのは、

なんとロンドンにある日本大使館だったそうです。

そこで知り合ったのが当時駐英大使を勤め、

後に日本の首相になる吉田茂。

運命的な出会いだとおもいませんか?

そしてこの出会いが後の次郎の人生に大きく関わってきます。


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